アヴリル・ラヴィーン、移籍

アヴリル移籍
写真はラジオ業界誌ヒッツより

アヴリル・ラヴィーンが1日、BMGレコードと仕事をするとツィッターで発信した。古巣に戻る事になる。

約17年前の2000年、当時BMGレコードの傘下だったアリスタ・レコードと契約する。2002年、アルバム「レット・ゴー」でデビュー。シングル「コンプリケイティッド」のヒットもありビルボード・アルバム・チャートの最高位2位になった。日本でも多くのファンを獲得した。2004年にはセカンド・アルバム「アンダー・マイ・スキン」で念願のビルボード・アルバム・チャートの1位を獲得する。また2007年のサード・アルバム「ベスト・ダム・シング」でも1位に。絶好調だった。

2008年、ソニーミュージックがBMGの株式を取得する事により、アヴリル・ラヴィーンはBMG傘下のアリスタからソニーミュージックのRCAレコードに移動する。ここから悲劇が起こる。自信過剰気味のアヴリルはプロデューサーをドクター・ルークからブリトニー・スピアーズを始め多くのヒット作を連発するマックス・マーティンとシェルバックのコンビに変えた。レコードは完成したがRCAの幹部はレコード発売にゴー・サインを出さない。この時の事をアヴリルは「レコード会社の様々な官僚主義が立ちはだかって発売が遅れた。初めての経験だがホントに頭に来た」とサイトに書いた。

レコード会社がアーティストの作ったアルバムを、「これじゃ売れない」と発売を拒否。スタジオに戻って作り直せということはよくある。しかしアヴリルはRCAの幹部から、「今アヴリルが作っている音楽は売れないから方向性を変えろ。ラジオが欲しがっているサウンドはリズムのある都会的なダンス・ミュージックだ」と言われた事に激怒した。アヴリル・ラヴィーンは、「半年毎に制作の幹部が替わる。新しい幹部は分かってもいないのに自分の音楽的意見を押しつけてくる。今のレコード会社は最悪だと」と言った。そして「グッバイ・ララバイ」の発売を強行した。3作連続の1位を狙ったが最高位は4位。2013年のアルバム「アヴリル・ラヴィーン」も最高位5位で、ヒットしたとは言えない。

4年振りのニュー・アルバムを今年(2017年)の後半に出すという。BMGレコードは昔のようなメジャーでもなく、インディーズの大手でもない。中途半端な規模のレコード会社。優秀なプロデューサーがつかないと、復活は難しいだろう。



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