訃報:マイケル・マッサー(作曲家)

木曜日(7月9日)、作曲家のマイケル・マッサーがロサンゼルスのリゾート地、ランチョ・ミラージュの自宅で亡くなった。74歳だった。

黒人女性シンガーの為に多くの大ヒット曲を書いた。ダイアナ・ロスやホイットニー・ヒューストンやロバータ・フラックだ。最初のヒット曲は1973年のダイアナ・ロスの「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」。ロン・ミラーと共作し、ビルボード・シングル・チャートの1位になった。その後もダイアナ・ロスの為に映画の主題歌「マホガニーのテーマ」を作詞家のジェリー・ゴフィンと共作し、シングル・チャートの1位になった。ジェリー・ゴフィンは元キャロル・キングの夫で、キャロルと共に「ロコモーション」他多くの大ヒット曲を書いたが、先月(6月)19日に亡くなった。

マイケル・マッサーの極めつけはホイットニー・ニューストンに書いた曲で、「すべてをあなたに」、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」、「恋のアドバイス」が全てビルボード・シングル・チャートの1位に輝いた。「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」はソウル・ミュージックのヒット曲を書いたリンダ・クリードとの共作だった。

リンダ・クリードは女性作詞家で、フィラデルフィア・サウンドと呼ばれるソウル・ミュージックで多くのヒット曲を書いた。スタイリスティックスやスピナーズのヒット曲を師匠でもある男性作家のトム・ベルと共作した。スタイリスティックスの為に書いた「ユー・アー・エヴリシング」はマーヴィン・ゲイ&ダイアナ・ロスが歌いヒットする。

26歳の時に乳がんを宣告されたがその後も作家活動を続け、マイケル・マッサーとジョージ・ベンソンの為に書いた「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」が、後にホイットーニー・ヒューストンのデビュー・アルバム「ホイットニー・ヒューストン」で歌われシングル・カットされ1986年、ビルボードのシングル・チャートで1位になった。しかしその数週間前、この1位を知らずにリンダ・クリードは乳がんに敗れこの世を去った。36歳の若さだった。


下の写真は1973年、フィラデルフィア・インターナショナル・レコードのオフィスで。
勿論左がリンダ・クリードで右が当ブログの筆者。リンダ・クリードが23歳、筆者が26歳。スタイリスティックスが大ヒット中だった。

リンダ・クリード



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