ジェフ・リンのELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)

70年代から80年代にかけて、数多くのヒット曲を放ったイギリスのグループ、ELO。リーダーであるジェフ・リンが、作詞作曲、プロデュースをこなし、自らはギターを演奏した。今回14年振りの新作を発表した。

ジョン・レノン・フリーク。ロックとポップスとクラシックを融合させたサウンドは新鮮で、ヒット曲には「テレフォン・ライン」、「トワイライト」、「ミスター・ブルー・スカイ」、「シャイン・ラブ」、「ドント・ブリング・ミー・ダウン」、「ザナドゥ」他がある。「ミスター・ブルー・スカイ」を含む大ヒット・アルバム「アウト・オブ・ザ・ブルー」のアルバム・ジャケットは今年(2015年)6月に他界した長岡秀星が画いた。

ELOのマネージャーはドン・アーデン。イギリス芸能界の武闘派。「理屈」が通らない。ELOの為に「ジェット・レコード」を設立した。ホントかどうか定かではないが、ジェフ・リンとELOの再契約を結ぶのに、いやがるジェフ・リンをボディーガードが窓からつるし、そこにドン・アーデンが契約書とペンを渡した、という噂話があった。

オジー・オズボーンの妻シャロン・オズボーンはドンの実の娘である。父娘仲は最悪だったという。当ブログの筆者もロンドンのオフィスで会った事がある。確かに見るからに怖い雰囲気がある。ロサンゼルスの自宅には、当時CBSソニー(現ソニーミュージック)のディレクターだった筆者は外国部の田中章君と行った事がある。ドンの自慢はこの家がハワード・ヒューズが建てたものだという事だった。ハワード・ヒューズは航空会社で財をなし、映画製作でも活躍した億万長者だった。ベルエアの家は正面に3メートル程の鉄柵があり、中には子馬ほどの犬がいた。正面から見ると平屋だが、崖に建っているこの家はその下の岩の中に屋敷があった。田中と2人でバーカウンターで缶ビールをいただいた。ドン・アーデンは2007年に他界した。

ところで筆者は初来日のELOの武道館コンサートの前から3列目の席を確保していた。しかしやんごとなき事がその夕方発生。コンサートを見る事は出来なかった。当時ELOはキング・レコードから発売されていた。ジェフ・リンと初めて会ったのはクリーブランドでのコンサート。物静かな印象が強い。

CBSソニー・レコードがELOを発売したのは1979年の「ディスカバリー」から。担当は今は亡き村上太一。映画「ザナドゥ」のサントラも彼が担当した。今では笑い話だが、当時「ザナドゥ」の試写会が有楽町の映画会社であり、見た村上と筆者は余りにもの駄作に卒倒した。

余談だが、当時イギリスのCBSレコードでジェット・レコードの国際部門の担当者はアンディー・スティーブンス。今は元ワムのジョージ・マイケルとスーザン・ボイルのマネージャーを務めている。

今年のグラミー賞に突然登場し、エド・シーランと演奏したジェフ・リン。来年の4月5日から新生ELOのワールド・ツアーが始まる。


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