ボブ・ディランのチョット面白い話その2

プロデューサーのトム・ウィルソンは3人のスタジオ・ミュージシャン(ギター、ベース、ドラムス)に、もう1曲付き合ってくれないかと頼んだ。トム・ウィルソンはサイモン&ガーファンクルのデビュー・アルバム「水曜の朝、午前3時」のプロデューサーだった。このアルバムは売れなかったが、収録されていた「サウンド・オブ・サイレンス」がボストンのラジオ局WBZでたびたびかかり、リスナーからの反応があった。ボストンには全米屈指の大学、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学がある。リスナーはこれらの大学生だった。

トム・ウィルソンはこの評判を聞き、ボブ・ディランのレコーディングの為に来ていたスタジオ・ミュージシャンを、「ライク・ア・ローリング・ストーン」の録音終了後に使い、エレキ・ギター、ベースやドラムスをオーバーダビングしてエレキ版「サウンド・オブ・サイレンス」を制作しようと考えた。オリジナルの伴奏はアコースティック・ギターのみだった。トム・ウィルソンはボブ・ディランのセカンド・アルバム「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」で、御大ジョン・ハモンドの脇でプロデュースを担当した。それにサイモン&ガーファンクルは「水曜の朝、午前3時」で、ボブ・ディランの「時代は変る」をカバーしていた。トム・ウィルソンにとって違和感はなかった。そしてトム・ウィルソンはバーズがカバーしたボブ・ディランの「ミスター・タンブリン・マン」のプロデューサーでもあった。「ミスター・タンブリン・マン」は、「サウンド・オブ・サイレンス」のオーバーダビング録音直後、ビルボード・シングル・チャートの1位になった。時代はフォーク・ロックだと読んだ。

このエレキ版「サウンド・オブ・サイレンス」はサイモン&ガーファンクルには無断でボブ・ディランのスタジオ・ミュージシャンで重ね録音され、65年9月に発売され、翌66年の1月1日付ビルボード・シングル・チャートの1位になった。この成功を受けて、ポール・サイモンは滞在先のロンドンからアメリカに戻り、サイモン&ガーファンクルとしての活動を再開させる。エレキ・ヴァージョンを含むアルバム「サウンド・オブ・サイレンス」が66年に発売され、このアルバムからボブ・ディランのプロデューサーにもなるボブ・ジョンストンがプロデュースに加わる事になった。


水曜の朝、午前3時水曜の朝、午前3時
サイモン&ガーファンクル

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