ボブ・ディランのチョット面白い話その4

ボブ・ディランがコロンビア・レコード(現ソニーミュージック傘下)と最初に契約した時の話。契約相手のジョン・ハモンドはコロンビア・レコードの制作マンでプロデューサー。ハモンドの父方の祖父は、南北戦争時の将軍ジョン・ヘンリー・ハモンド。ハモンドの母方の祖母エミリー・ヴァンダービルト・スローンは海運や鉄道で財をなした財閥ヴァンダービルト家の出だった。

ボブ・ディランは自伝でジョン・ハモンドの事をこう書く。
「ボブ・ディラン自伝 菅野ヘッケル:訳 ソフトバンク・パブリッシング)」より抜粋・引用した。

「偉大なる新人スカウト、レコード史の記念碑となる数々の大物アーティストの発掘者。ビリー・ホリデー、チャーリー・パーカー、ベニー・グッドマン、カウント・ベイシー、アメリカの日常生活のなかにこだまする音楽を創造したアーティストたち。すべてハモンドが世に出した人たちだ」

そしてこうも書く。
「ジョン・ハモンドは徹底した音楽人間だった。早口で話し、ことばを短く切って、神経質だった。わたしと同じことばで話し、好きな音楽やレコーディングにかかわったアーティスト全員に関する知識をたっぷり持っていた」

契約書についてはこう書く。
「ジョン・ハモンドがわたしの前に契約書を置いた コロンビアが新人と取り交わす標準的な契約だった。ハモンドは『これが何かわかるか?』と言った。わたしはページのいちばん上にコロンビア・レコードとあるのを見て、『どこに署名すればいい?』と言った。彼がその箇所を教え、わたしは不安を感じることもなく自分の名前を書いた。わたしはハモンドを信じていた」

この時立ち会った弁護士や助言者(例えばマネージャー)はいなかった。これが後に問題となる。

1961年10月。20歳のボブ・ディランはコロンビア・レコードと契約。翌62年の3月、デビュー・アルバム「ボブ・ディラン」を発表する事になる。

ボブ・ディランボブ・ディラン
ボブ・ディラン

SMJ 2009-08-25
売り上げランキング : 127610

Amazonで詳しく見る
by G-Tools





プロフィール

洋楽天国

Author:洋楽天国
FC2ブログへようこそ!

スポンサードリンク
最新記事
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
QRコード
QR