ボブ・ディランのチョット面白い話その11

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卓球をするボブ・ディラン(左)とリヴォン・ヘルム(右)。日時や場所は不明(ラジオ業界誌ヒッツより)

日本でも11月23日、ボブ・ディランのCD36枚組というボックス・セット「Live 1966」が発売になった。1966年に行われたボブ・ディランのアメリカ、イギリス、ヨーロッパとオーストラリアのコンサートをライブ収録したもの。ボブ・ディランのバック演奏は、まだグループとしてはデビュー前のザ・バンドが担当した。当時のグループ名は「リヴォン&ザ・ホークス」。リヴォン・ヘルムがリーダーだった。しかしフォークからロックに転向した事に対する観客のブーイングに嫌気が差したリヴォン・ヘルムはグループを抜け、後任のドラムにはミッキー・ジョーンズが一時的に加わった。

ホークスは1968年、戻ったリヴォン・ヘルムを加えザ・バンドと改名し、デビュー・アルバム「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」を発表する。ウッドストックでメンバーが住んでいた家の壁がピンク色だった。アルバム・ジャケットはボブ・ディランが画いた。メンバーはリヴォン・ヘルム、ロビー・ロバートソン、リック・ダンコ、リチャード・マニュエルとガース・ハドソン。

ザ・バンドが有名になるのは翌1969年、映画「イージー・ライダー」にロビー・ロバートソンが書き、リヴォン・ヘルムがリード・ボーカルの「ザ・ウェイト」が使われた。しかし契約上の関係でサウンドトラック盤には収録されなかった(スミスというバンドのカバーが使われている)。この年、ディランは出なかったウッドストック・フェスティバルに出演。「ザ・ウェイト」やディランが作った「アイ・シャル・ビー・リリースト」を演奏した。リヴォン・ヘルムはザ・バンド解散後ソロとして活躍。2012年、長いがんとの闘病生活後、他界した。

リヴォン・ヘルムの訃報に接し、ボブ・ディランが自らのHPで哀悼の意を表した。

彼は最後まで私の親しい友人だった
私の世代のみならず世代を超えた
本当に偉大なる魂を持った最後の
ミュージシャンの一人だった
今彼の事を話すのはとても寂しい
最初に会った日の事はすぐに思い出せる
最後に会った日の事もそうだ
リヴォンと私は遠い昔に戻ることが出来る
一緒にいくつかの困難も乗り越えた
私は彼を失ってしまう
多くの友人達もそうだろう


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