ポール・マッカートニーの著作権を返せという訴訟

18日、元ビートルズのポール・マッカートニーがニューヨークの連邦裁判所に、ソニーの子会社が管理するビートルズの楽曲の著作権を返還するよう求めるという訴訟を起こした。欧米のメディアが伝えた。

ポール・マッカートニーの訴訟の根拠は、米国の著作権法は1978年以前に書かれた楽曲について、著作権成立から56年後に、現在の著作権の管理者が誰であろうと、楽曲を書いた作詞作曲家に著作権を取り戻すための申し立てをする権利を与えている。ポールは昨年(2016年)も同様の主張をメディアに発信していた。「ラブ・ミー・ドゥ」が著作物として公になってから56年後とは来年の2018年。ジョン・レノンとポール・マッカートニーの大半のヒット曲は現在ソニーの子会社で世界最大の音楽出版会社「ソニー/ATV」が管理している。

昔、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが曲を書き始めた頃、マネージャーのブライアン・エプスタインは音楽著作権に詳しくなかったので、ディック・ジェイムスという音楽出版業界人に音楽出版社を作ってほしいと頼んだ。結果ジェイムスは、エプスタインを含むジョンとポールの3人に対し、著作権管理会社「ノーザン・ソングス」の設立を提言する。設立された「ノーザン・ソングス」の株式のうち50%はジェイムス側が保有し、残りの50%をエプスタインが10%、ジョンとポールがそれぞれ20%を保有するという契約になった。しかしその後ディック・ジェイムス側は自分達が持っていた全株式を放送メディアのATVに売却する。ATVはジョンとポールが持つ株も、二人が抵抗したが買い取った。

ジョン・レノンが亡くなった翌年、ATVはオーストラリアの大富豪であるロバート・ホームズ・ア・コートに買収される。しかしロバートは音楽出版社に興味が無く、「ノーザン・ソングス」を売りに出す。この時、ポール・マッカートニーも手を上げた。ポールはジョン・レノンの未亡人のオノ・ヨーコに接触し、買い戻し金額の折半を提案するが、そんな高い金額は払わないとヨーコは主張し、ATVとの交渉は決裂した。そしてマイケル・ジャクソンが登場する。マイケルはビジネスというよりは、好きな曲は自分の物にしたいという性格。ディオンの「浮気なスー」やレン・バリーの「1-2-3」やスライ&ザ・ファミリー・ストーンのヒット曲を買っていた。自分が歌いたい為でもあった。

アルバム「スリラー」が空前の大ヒットになり、金は充分ある。仲が良いポール・マッカートニーには知らせず、「ノーザン・ソングス」を買収した。その後使うお金もハンパじゃなく、所属するエピック・レコードの親会社であるソニーの音楽出版社に合弁を持ちかける。結果現在のソニー/ATV音楽出版が誕生した。そして昨年(2016年)、マイケル・ジャクソンの遺産管理団体は米国ソニーに対して、保有していた50%の株を約900億円で売却した(1$120円換算)。

今回のポール・マッカートニーの訴訟。簡単ではない。3つの大きな要因がある。1つは大半の曲がジョン・レノンと作ったもの。仮にポールが買い戻したとして、ジョン・レノンの著作権印税はポールの会社から支払われる事になる。これをオノ・ヨーコが納得するだろうか。また裁判所は、曲を作った全員の同意が必要だ、と言うかもしれない。2番目は買い戻しのためのお金だ。ファンドから集めるしかないだろう。大金だ。3番目が大きなポイント。この買い戻しが出来る著作権法はアメリカでのみ有効。それ以外の国では全く効力がない。

米ソニーは「提訴は不必要で残念」とする談話を出した。

余談だが、マイケル・ジャクソンのATVとソニーが合弁会社を作る為の御前会議がニューヨークであった。会議中、会長の大賀典雄はビートルズの楽譜集を見ながら、タクトを振るように手を動かし続けたという。大賀はクラシックの指揮者でもあり、カラヤンとも仲がいい。会議が終了する際に担当幹部が大賀の意見を聞いた。「こんな素晴らしい作品。文句の言いようがない」と答えたという。ソニー/ATVが誕生した。





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