プリンスの死後1年

プリンスが突然亡くなってから明日(4月20日)で丸1年が経つ。ミネアポリスにある自宅のペイズリー・パーク・レコーディング・スタジオで去年の4月21日に亡くなった。57歳だった。

死後、遺産相続について様々な出来事があった。4月10日、プリンスが残した無形財産の運用について、元レディー・ガガのマネージャーで、定額制音楽ストリーミング・サービスのスポティファイのアドバイザー(Global Head of Creative Services部門)を務めるトロイ・カーターが、アドバイスをする事になった。

プリンスは1978年、アルバム「フォー・ユー」でデビューした。ビルボード・アルバム・チャートは最高位163位だった。1982年、アルバム「1999」がブレイク。シングル「リトル・レッド・コルベット」のヒットもあり、アルバム・チャートの最高位9位になった。

1984年には映画と共に、アルバム「パープル・レイン」が全世界でヒットする。日本でもこのアルバムで多くの音楽ファンがプリンスを知る事になった。マイケル・ジャクソンに続くMTV系ミュージシャンとして、映像が注目を集めた。ポップやロックやソウルやファンクやジャズを融合したサウンドは革新的だった。以下はビルボード誌によるプリンスのシングル・ヒット・ベスト10。

1位)「ビートに抱かれて(When Doves Cry)」 1984年 ビルボード・シングル・チャート1位
2位)「Kiss」 1986年 1位
3位)「レッツ・ゴー・クレイジー(Let's Go Crazy)」 1984年 1位
4位)「クリーム(Cream)」 1991年 1位
5位)「バットダンス(Batdance)」 1989年  1位
6位)「ラズベリー・ベレー(Raspberry Beret)」 1985年  2位
7位)「ユー・ガット・ザ・ルック(U Got the Look)」 1987年  2位
8位)「パープル・レイン(Purple Rain)」 1984年  2位
9位)「ザ・モスト・ビューティフル・ガール・イン・ザ・ワールド(The Most Beautiful Girl in the World)」 1994年     3位
10位)「サイン・オブ・ザ・タイムズ(Sign 'O' the Times)」 1987年  3位

330億円(1$110円換算)とも言われる遺産は信託会社ブレマー・トラストが管理する。遺言書が無かった。両親は他界している。2度結婚したが2回とも離婚した。生きている子供はいない。存命という意味ではタイカ・ネルソンという実の妹がいる。他に異母の姉や異父の兄弟がいる。遺産相続はまだ決着がついていない。

トロイ・カーターがアドバイザーになったのは、プリンスはマイケル・ジャクソンやエルヴィス・プレスリーのように、死後も莫大な利益を生み出すアーティストになるだろうと予想されるからだ。レコードの原盤権、ストリーミングの権利、プリンスが書いた曲の音楽著作権、マーチャンダイジングの権利、ブランディングの権利等がある。

アメリカの経済誌フォーブスはマイケル・ジャクソンが亡くなってから1年間で、303億円(1$110円換算)を稼いだと当時伝えた。所得のうちわけはレコードからのアーティスト印税、曲の著作権印税、映画「This Is It」からの印税、ソニーミュージックとの今後のCD契約、ラスベガスのシルク・ドゥ・ソレイユのショーからの印税。

プリンスはマイケル・ジャクソンと異なり、アーティスト印税や著作権印税に加え、ワーナーミュージックとの間で複雑だが、レコードの原盤権を所有しており、後年は自らのレコード会社NPGを立ち上げ、全ての作品の原盤権がプリンスにある。未発表作品も多いと言われている。

フォーブス誌の恒例の「死んでも稼ぐセレブの収入」は今年も10月には記事になる。



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